◆シベリア大陸横断編(2)◆


2000年9月〜10月にかけてのオリエント急行での横断。
オランダのデンハーグでは日蘭合同のパーティーで始まりました。
オランダの運輸大臣なども出席し、私共裏方のお仕事もちょっと緊張気味でした。
各マスコミにも注目を浴びたツアーでしたから、このパーティーを見ていても「是非、成功させなければ」という責任感が一層ましてきました。

オランダから出発したオリエント急行はドイツ〜チェコ〜ポーランドとやってきました。
ポーランドのクラクフの駅に到着したのはなんと深夜。
予定は大幅に遅れていました。予定では駅にアシスタントさんとバスが駅に迎えに来ているはずでしたが・・・・・駅に降りてみると、ポーターさんもアシスタントさんも見当たらない。
真っ暗な駅で私達スタッフは「どうしよう」と青ざめました。
お客様のたくさんのスーツケースを駅に置いて、バスを探しに行くスタッフ。その間スーツケースの見張り番もいります。
決して治安のよくないポーランド。増して駅は要注意の場所。
10個くらいのスーツケースならまだしも、50個以上のスーツケース、盗まれでもしたら大変。
怖い思いをしながら、やっとバスにスーツケースを積み込み、ホテルへ到着できたのには、ある出会いがありました。

真っ暗な駅で、見知らぬ男性の日本人ガイドさんが偶然通りかかったのです。
その男性ガイドさんの助けがあり、なんとかホテルへと行くことが出来たのです。
ホテルに到着してからも、てきぱきと行動してくれるこのガイドさんはとても頼りがいのある方でした。
本来、私たちのガイドさんではありませんでしたが、その方の人柄からクラクフのガイドもお願いすることになったのです。奥さんはポーランド人でしたがやはり日本語ガイドのお仕事をしている方でしたので、クラクフでは滞在中は誠心誠意のおふたりの協力でクラクフ滞在が無事に終わったのです。

オリエント急行で再び次の出発地へ移動する時、日本人ガイドさんと奥様も車内におひとりおひとり安全を祈って挨拶をされて私達を見送ってくださいました。
偶然の出会いでしたが、忘れることの出来ないお人柄。
別れ際に私はつい涙してしまいました。


つづく

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